■1章17節「信仰から信仰へと歩み続ける」【宗教改革記念礼拝】2018/10/28 ・ルターの宗教改革のきっかけはローマ1:17「神の義」の解釈だった。罪人をさばく義ではなく、罪人を救うための義であることを文脈から理解した。 ・宗教改革者たちには影の部分もある。ルターはユダヤ人を差別し(後にホロコーストの根拠に)、カルヴァンは論敵を火刑台に。プロテスタント諸派が非暴力のアナバプテストを迫害したことも忘れてはならない。自分の理解、自分の信仰が絶対化してしまうことの怖さ(伝道者7:16、ヘブ12:2)。 ・ローマ3:22は「イエス・キリストの信実(ピスティス)」について語る。私たちは自分で得た自分の信仰(ピスティス)で救われるのではなく、十字架に従うほどに父なる神の計画に忠実であられたイエスの信実(ピスティス)で救われる。自分の信仰を誇ってはならない。 ・神の義は私たちを信仰から信仰へと導き続ける(ロマ1:17)。日々キリストの十字架と一つとなり(ガラ2:20)、聖霊の満たしを求め続け(ヨハ14:16)、「イエスを知ること」という永遠のいのちを生きていこう(ヨハ17:3)。
■1章17節「信仰から信仰へと」【宗教改革記念礼拝】2019/10/27 ・ルターによる「神の義」の再発見(ローマ1:17、3:20-22,28)。 ・宗教改革者たちの影の部分(伝道者の書7:16)。 ・「イエス・キリストを信じる(私たちの)信仰」と「イエス・キリストの(側の)信実」 ・福音は私たちを信仰から信仰へと進ませる。十字架も、聖霊も、永遠のいのちも、過去のものではなく、日々を歩むためのもの。
■12章1節~5節「キリストのからだに必要なもの」2017/11/19 ・弱さや苦しみ、距離があるのが教会の現実(1コリント12:15, 16, 22, 26)。しかしだからこそ、あなたがたは「キリストのからだ」との励ましがある(12:27)。 ・神の子とされたこと(ロマ8:15)のゆえに、「理にかなった」応答として礼拝をささげていく(1節)。 ・この世と調子を合わせ、福音に生きていない私たちだが、聖霊が作り変えてくださることを信じて明け渡していく(2節)ことが、キリストのからだには必要(5節)。